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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

私達の行く先は天ではなかった。

第肆話 レンの場合・後編⑥

「わたし、人間さんのご飯が食べてみたい!」
「ふえ?」
落ち着いた頃、レンちゃん改め煮雪れんちゃんはそう言ってきました。
「からあげって言うの? あれ、レモンが合うって聞いたから食べてみたいの!」
ははぁなるほど、なんでもいいからレモンかけてみたいのでしょうね。
確か……冷凍のがあったはず?わたしは「ちょっと待っててね」と言って冷蔵庫を開けました。
探すこと十数秒。
「あった……! あったよれんちゃーん!」
「ほんとほんと? うわっ、冷蔵庫ってこんなに冷たかったんだね?!」
声を上げて露骨に寒がるれんちゃん。妖精というものは温度感覚が薄いのでしょうか……?
自分が理系だったらもしかしたらこの不思議も解明できたかもしれません。
考えてみれば九月とは言え、れんちゃんはかなりの薄着をしていました。
逆にこないだ会ったパーシモさんは少し暑そうでしたし。
……それにしても、ショッピングモールに来たストベやロンという妖精は何故そうまでしてれんちゃんを止めようとしたのでしょうか。そんな疑問を抱えながら私は笑顔を繕います。
「レンジで温めたら一緒に食べよっか」
「はーい!」
待っている間、私はれんちゃんにひとつ訊ねてみました。
「そうだ、れんちゃん! さっき買った服……着てみる?」
「え、いいのいいの?! 着る着る~!」
こうまで元気よく答えられるとこっちまで元気になっちゃいますね。
もしかしたられんちゃんは私に幸せを運んでくれる存在なのかもしれません。……なんてね。
私は冷蔵庫前から自室へと駆け出し、既にタグを切っている例のワンピースを取りに行きました。
いやあ、これは関係ないんですが、自分の家であっても端から端まで走ると息が切れますね。
運動不足が祟ってます。祟りまくってます。運動は欠かすべきではないとわかっていても、ついつい読書に時間を割いてしまうのですよね。
「えへへおまたせ! じゃじゃーん、これは正真正銘れんちゃんの服だよ」
れんちゃんは嬉々として手に取ります。純粋なところが霊音さんとはまた別に愛しいです。
「なにこれ、ふわっふわの触り心地! 妖精の服もこのくらいふわふわだったらいいのに~!
妖精だって、妖精だって……。だって、うぅ……」
何か思うところがあったのか、れんちゃんは突如泣き始めます。人のことは言えないながらに、れんちゃんも急に人間堕ちをして情緒不安定になっている部分があるのでしょう。
「どうしたの?」
私はれんちゃんの頭を撫でて極力柔らかに問いかけました。
「あのね、あのね、ストベちゃんたちがね、これからもずっと高カーストの妖精にいじめられると思うとね、一緒に人間堕ちしたら良かったんじゃないかって思っちゃってね、嫌なの……」
「そっか……」
全く、れんちゃんは相当お人好し(人?)なようです。妖精じゃなかったらすぐに騙されてコロッと死んでいたかもしれません。
…人間堕ちした以上は私が守ってあげる必要があるでしょう。
その時、電子レンジの音が鳴りました。
「うん、うん、れんちゃんはとっても優しいよ。
でもね、美味しいご飯食べてれんちゃんがまず笑顔になってくれないと、ストベさんたちもきっと笑顔になれないよ」
「うん…ご飯たべる……」
「いい子。じゃ、一旦服置いて行きましょっか」
結果から言えば、二人で食べるご飯はとても幸せなものでした。箸の使えないれんちゃんがフォークとスプーンでごはんと唐揚げを食べる様は、とても気が安らぐものでしたから。
ただ、驚いたのはごはんにひたひたになるほどのレモン汁をかけていたことです。一口貰いましたが、到底理解のできる代物ではありませんでした。毎食こうなると思うと少しだけですが憂鬱かもしれません。
何はともあれ、食事を摂ると、れんちゃんは先程までのことをすっかり忘れたように笑顔を取り戻してくれました。"人間"たるもの、やはり食事は大切ですね。レモンばかり食べていて栄養失調だったのかもしれません。
その後、私が皿洗いをしていると、れんちゃんが例の服を着てこちらに来てくれました。
「見て見てあいかちゃん! わたし、かわいい?」
「わ、とってもかわいい……!
ちょっと待って、皿、洗い終わったら一緒に鏡見に行こ、だからちょっと待って…」
読書家でありながら語彙力に欠けた感想しか出てこないというのは、そのくらい素晴らしいものであったということにしておきたい限りです。
ワンピースから透けて生えている羽が「煮雪れん」という何よりの象徴であり、とても癒されるものであったことだけは伝えておきたいところですが。
私は手っ取り早く皿洗いを済ませて手を拭き、れんちゃんと一緒に玄関の全身鏡の元へ向かいました。歩くときにぺたぺたと音がするれんちゃんはなんだか不思議です。
「わー! わたしかっわいい!」
れんちゃんは鏡の前でくるくる回ります。
すると、スカートが遠心力で膨らみ、それに合わせてれんちゃんのテンションも上がります。
……最終的には回りすぎてすごい転び方をしていましたが。
しかし、そんなテンション最高潮な時にでもまた彼女たちはやってきました。


レンの場合・後編⑥

2020/05/11 up
2022/09/20 修正

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